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 赤とんぼは、ツイと竹の先からからだを離(はな)して、高い空に舞(ま)い上がりました。

 三四人の人が、こっちへやって来ます。
 赤とんぼは、さっきの竹にまたとまって、じっと近づいて来る人々を見ていました。
 一番最初にかけて来たのは、赤いリボンの帽子(ぼうし)をかぶったかあいいおじょうちゃんでした。それから、おじょうちゃんのお母さん、荷物(にもつ)をドッサリ持った書生(しょせい)さん――と、こう三人です。
 赤とんぼは、かあいいおじょうちゃんの赤いリボンにとまってみたくなりました。
 でも、おじょうちゃんが怒(おこ)るとこわいな――と、赤とんぼは頭をかたげました。
 けど、とうとう、おじょうちゃんが前へ来たとき、赤とんぼは、おじょうちゃんの赤いリボンに飛びうつりました。
「あッ、おじょうさん、帽子(ぼうし)に赤とんぼがとまりましたよ。」と、書生さんがさけびました。
 赤とんぼは、今におじょうちゃんの手が、自分をつかまえに来やしないかと思って、すぐ飛ぶ用意をしました。
 しかし、おじょうちゃんは、赤とんぼをつかまえようともせず、
「まア、あたしの帽子(ぼうし)に! うれしいわ!」といって、うれしさに跳(と)び上がりました。
 つばくらが、風のようにかけて行きます。

 かあいいおじょうちゃんは、今まで空家(あきや)だったその家に住みこみました。もちろん、お母さん書生(しょせい)さんもいっしょです。
 赤とんぼは、今日も空をまわっています。
 夕陽(ゆうひ)が、その羽(はね)をいっそう赤くしています。

「とんぼとんぼ
 赤とんぼ
 すすきの中は
 あぶないよ」

 あどけない声で、こんな歌をうたっているのが、聞こえて来ました。
 赤とんぼは、あのおじょうちゃんだろうと思って、そのまま、声のする方へ飛んで行きました。
 思った通り、うたってるのは、あのおじょうちゃんでした。
 おじょうちゃんは、庭で行水(ぎょうずい)をしながら、一人うたってたのです。
 赤とんぼが、頭の上へ来ると、おじょうちゃんは、持ってたおもちゃの金魚をにぎったまま、
「あたしの赤とんぼ!」とさけんで、両手を高くさし上げました。
 赤とんぼは、とても愉快(ゆかい)です。
 書生(しょせい)さんが、シャボンを持ってやって来ました。
「おじょうさん、背中(せなか)を洗(あら)いましょうか?」
「いや――」
「だって――」
「いや! いや! お母さんでなくっちゃ――」
「困(こま)ったおじょうさん。」
(赤とんぼ/新美南吉)